・電気機関車とは?
電気機関車は路線の真上に張られた架線から、パンタグラフなどで電気を取り入れ、モーターで動輪を回して走る機関車です。
日本では作られた時代によって、旧形電気機関車、新性能電気機関車、ハイテク電気機関車の3つに分けることができます。
旧形電気機関車は、外見的には茶色の車体で前後に動輪よりも小さい先輪と乗降用のデッキを持っています(例外もあります)。
モーターや駆動装置の性能がまだ低く、あまり速く回転させることができず、そのため動輪の直径が大きくなっています。大きな動輪はカーブなどで脱輪しやすいため、動輪を線路に沿って導く先輪が付いています。EF57、EF58などの旅客用電気機関車は2軸、EF15などの貨物用電気機関車には1軸の先輪があります。なおデッキが無いEF58、デッキも先輪もないEH10も旧形電気機関車の仲間です。新性能電気機関車は、高性能のモーターを使い高速回転が可能なので動輪が小さくなり、先輪がなく、乗降用デッキもありません。性能的には旅客列車も貨物列車も同じように牽引できますが、ブレーキ方式の違いやギヤ比、客車暖房装置の有無などで旅客用や貨物用に分類されているものもあります。日本の鉄道の電化区間には直流と交流の2つの方式があり、EF60、EF65など直流で走るものは赤、EF81など交直流両用のものはローズピンクの車体をしていますが、最近になって塗り替えられたものもあります。
なお旧形電気機関車は全て直流です。ハイテク電気機関車はJRになってから登場してきたグループで、交流誘導モーターやVVVFインバータ-制御などの新しい技術を使い、高性能でエネルギー使用量も少ない新時代の電気機関車です。EF210、EH200など、青い車体の直流機関車と、EF510、EH500など、赤い車体の交直流機関車があります。新性能電気機関車と違って、交流専用の機関車は作られていません。
・EF15、EF57、EH10
戦前から戦後しばらくの間まで製造された、重厚な旧形電気機関車たち。EF57は東海道本線や東北本線で活躍した急行用、EF15は貨物用の標準機としてポピュラーな存在でした。EH10は、デッキや先輪の無い2車体永久連結の「マンモス電気」で、新性能電気機関車への橋渡し役にもなりました。主に東海道本線で高速貨物列車の先頭に立ち、華々しい活躍を見せました。
・EF58
名機として名高いEF58は、戦後まもなくデッキ付の古めかしいスタイルで登場、やがて流麗な半流線型スタイルにモデルチェンジし、すでに製造されていた分もすべて車体を新製して生まれ変わりました。東海道・山陽本線で特急牽引機として長らく君臨した他、上越線、東北本線などでも活躍しました。時代によりさまざまな塗装が存在したことも特徴です。
・EF60
EF60は高性能の主電動機を装備した、いわゆる新性能電気機関車として初のF級大形機でした。本来は貨物用として誕生しましたが、やがてEF58に代わる特急客車牽引機として東海道・山陽本線でブルートレインの先頭に立つようになりました。デッキや先輪のない近代的なスタイル、パノラミック・ウインドウを備えた精悍なマスクは、日本の鉄道の新しい顔となりました。
・EF63
碓氷峠を越える信越線横川〜軽井沢間の区間は、古くから66.7‰の急勾配が連続する国内随一の難所として有名でした。数々の特殊装備を持ったこの区間専用急勾配用電気機関車として、昭和38年(1963)に登場したのがEF63です。以来、この区間が廃止された平成9年(1997)まで、「峠のシェルパ」としてあらゆる列車をエスコートしました。
・EF64
EF64は、奥羽本線や中央本線などの勾配線区向けの標準形電気機関車として79両が製造されました。重連形として前面に貫通扉を備えています。また発電ブレーキを持ち、機器の加熱を防ぐため側面のエアフィルターが大きいのが特徴です。中央線では、旧形客車を牽引するなど、客貨両用に活躍、今も多数が健在です。
・EF64形1000番台
EF64形1000番台は、EF64の改良増備形ですが、内外ともに大きく変わり印象の異なる機関車となりました。主に上越線向けに
53両が製造され、ブルートレイン「北陸」や「鳥海」の先頭に立つ等幅広く活躍しました。長い車体の側面には、隔壁で仕切られた内部に対応して窓やエアフィルターが並び、下枠交差式パンタグラフとともに近代的なムードを漂わせます。
・西武鉄道 E851
秩父方面からのセメント列車を牽引するために、国鉄のEF65をベースとして開発された私鉄最大級の電気機関車が西武鉄道E851です。
その大きさや優秀な性能もさることながら、ヨーロッパの機関車を思わせるような側面に丸窓を配したデザイン、オレンジ色を基調とした大胆な塗装などがファンの人気を集めました。平成8年(1996)には、JR東日本から12系客車を借り入れての「さよなら運転」も行い惜しまれながら引退しました。